茂木健一郎さんより

この世を生きる上で一番大切なものの一つ、それは「根拠のない自信」だと思う。
これがなければ、そもそも努力しようという気持ちにならない。
また、難しいことにチャレンジしようという気にもならない。根拠のない自信を維持することが、何よりも大切である。
人間は、生まれたときには誰でも根拠のない自信をもっている。
そもそも、この世の中の多くのことが、まったくわからない。
はいはいしたり、伝い歩きをするときだって、自分がそれをどのようにしたらいいのか、実はわかっていないのに平気でチャレンジする。

思いだしてほしい。
初めてはいはいする時、「やっぱりやめておこう」と思ったり、
初めて伝い歩きする時、「今日は調子が悪いから、来週の日曜に延期しよう」などと思っただろうか?
 根拠のない自信があるからこそ、私たちは人生の課題に挑んでいくことができるのだ。
つまり、ここで言う「根拠のない自信」とは、生きるという意欲のようなものであって、それがあって初めて私たちは発展することができる。
逆に、「根拠のない自信」が失われてしまえば、私たちの発展はとまってしまう。
根拠のない自信を奪うものは、この世にたくさんある。

たとえば、学校における行きすぎた点数主義、偏差値主義。
ユニークな「才能」とそのような「標準的な」学力は関係がないのに、多くの人が根拠のない自信を奪われて、「私はこの程度だ」と思わされる。これは社会的損失である。

日本人は、このところ、「根拠のない自信」を失っているように思われる。
だから、モーレツになれない。目が輝いていない。日本が再生するために何よりも必要なこと。
それは、「明日は今日よりもよくなる」という「根拠のない自信」以外の何ものでもないだろう。

もっとも、「根拠のない自信」だけあっても意味がない。
時々、若者で「茂木さん、オレ、そのうちビッグになりますから」と言うやつがいるが、そういうやつに限って努力をしていない。
それはつまり、自分の夢を、本気では信じていないということだ。本当は、自信などないのだ。
「根拠のない自信」を持つということは、大言壮語していい気持ちになる、ということではない。むしろ不安なのである。
駆り立てられるのである。自分が持っている夢の大きさからして、本当にそれを実現するとしたら、どれほど大きな努力をしなければいけないかということを知っている。
だから、「根拠のない自信」を持っている人は、努力でそれを裏付けようとする。
天才とは凄まじいまでの努力をする人のことで、秀才とは中途半端な努力をする人のことである。
その意味で、「根拠のない自信」を持ち続けることは、本当に難しい。もしできたら、その人の人生はすばらしい。

茂木さんってこういうことを時々いうから、かっこいい((笑)